『発音記号キャラ辞典』
リチャード川口 著
ゲーム感覚で英語を学べるスマホアプリ、英語物語のスタッフが手がける新感覚の英語発音参考書です。
本書の紹介の前に、学校教育での発音記号の扱いのひどさについてちょっとだけ愚痴らせてください……。
Contents
日本の中高での英語教育における発音記号の存在感の薄さ
皆さん、中学や高校の英語の授業で発音記号を習った記憶ありますか?
私はあります!……発音記号の話は15分くらいでササーッと流されて、結局何のことだったのかさっぱりわからなかった記憶が。
実用性に欠けるだなんだとあちこちで槍玉に上がりがちな日本の英語教育ですが、こと発音教育においてはそう言われても致し方なしだな、という気もしてしまいます。というのも、言語にとって発音は最も大事な要素といっても過言ではないのに、私のように発音記号を学校の授業でまともに習ったことがないという人はずっと日本で教育を受けてきた人なら珍しくないからです。
この傾向は学校のレベルには関係ないようで、高水準の教育がなされているであろう、いわゆる名門校の出身者でさえ、発音記号などろくに教えられたこともなかったと言っています。つまり、日本のほぼ全ての中学生・高校生が、まともな発音教育を受けられていないということなんですよ!これって由々しき事態じゃありませんか……。
中高の英語の授業において、こんなに存在感が薄い発音記号。それで高校2年生3年生になってセンター試験の発音・アクセント問題対策と銘打って思い出したかのように現れます。今までろくに触れてこなかったものだからいきなり発音記号を見せられてもどんな音なのか想像もつかず、無味乾燥な暗記ゲーとなってしまいがちです。これでは楽しくない。
というわけでこの『発音記号キャラ辞典』の出番です。
『発音記号キャラ辞典』のココがいい!
発音記号を擬人化して漫画化!とにかく親しみやすい!
音声学を専攻している身としては、確かに発音記号に表される言語の音ってバリエーションに富んでるし、それぞれにキャラが立ってるから擬人化したら面白そうだなぁとは常々思っていたのですが、ついにやってくれましたね。先を越されたかとちょっと悔しいです笑。
発音記号の名称や音そのものを名前に関したキャラクターたちはそれぞれの発音記号の音の特徴から想起される性格をしていて、ストーリーもテンポよく進むので無理なく読めて、受験期にはただのよくわからない文字の羅列にすぎなかった発音記号たちが、いつの間にか実体を持って頭に入ってきています。「発音記号のキャラ化」の何がいいかというと、キャラクターたちが体を張って元気よく発音の実践をしてくれているのを見ているうちに、だんだんと外国語の発音学習にありがちな「照れ」が薄れてくるんですよね。無理強いされるでもなく自然に、自分も発音してみようかな、という気になれます。
ソシャゲ風の今時な洗練された絵柄のおかげで「学習漫画」感がなく、変に肩肘張らず素直に漫画を楽しめるところも高ポイント。英語学習ラジオ番組『基礎英語』のキャラクターのイラストがラノベ風になって高評価を得たのも記憶に新しいように、教材の絵柄って結構モチベーションに影響しますからね。
ゆるいだけじゃない!結構専門的
キャラクターをふんだんに使ってとにかく楽しい感を演出している本書ですが、あなどるなかれ。書かれていることは結構専門的です。
まず、英語学や音声学を勉強した人でないと見たことがないであろう、こんな感じの図が最初に出てきます。
(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Vowel_diagram)
英語の各母音を発音するときの舌の位置、口の開き具合を表した図です。いきなりこんなの出てきたら面食らってしまいますよね。ですが、図自体は簡略化されていますし具体例も交えたわかりやすい説明でしっかりフォローしてあるのでご安心を。というより、一見すごく難しそうに見えるし馴染みのないこの図ですが、一旦覚えてしまった方がその後の発音練習の効率がダンチです。いやもう絶対。
巷に出回る英語発音指南では母音の発音について「口を大きく開けて!」とか「唇を丸めて」とか外から見た口の形にばかり着目しているのがあまりにも多くて、口の中の動きに詳しく言及しているものはなかなかないんですよね。そこそこちゃんとした教材でも、「子音の発音には舌を使うけど、母音の発音には舌を使わない」なんていうトンデモ言説も少なからず見受けられるのがとても残念です。しかしこれは、そんな言説が影響力を持ってしまう程度には母音の発音の違いに舌の位置が関係しているとなかなか実感しにくいということの表れでもあります。
それに対して本書は、舌の上下・前後の位置によって母音の音が変わることを日本語の母音の具体例を通じて一番最初に読者に無理なく実感させるという形式をとっています。多くの学習者がしてしまいがちな誤解を解き、その後の解説がスムーズに運ぶような工夫がなされているのですね。なんという親切設計!
日本人が誤解しがちな発音の解説が簡潔・丁寧
日本人による正しい英語の発音の習得を邪魔しているのが、カタカナ英語の存在。
例えば、最初の音に全てoが入っている“rock-dog-robot”の3語の英単語はその文字表記の影響か、カタカナ英語では「ロック(rokku)・ドッグ(doggu)・ロボット(robotto)」となりますが、実際の英語ではそのようには発音しません。それぞれ発音記号では/rɑk/, /dɔg/, /roʊbɑt/となり、日本語の「お」の母音とは全然違う発音なのです。本書はこのように日本語と同じと誤解されがちな英語の母音が日本語の母音とは似て非なるものであること、それゆえ全く異なる口の動きが要されることをこれでもかというくらい強調して、都度軽妙かつ専門的な解説を加えています。さらに、「”rock” ぅらぁっ・”dog” だぁっ・”robot” ろぅばぁっ」のような独自のかな表記を添えてもいます。こうして書いてもらえると専門的なことにあまり馴染みがなくても音のイメージがつかみやすいですよね。
私自身は外国語の発音に日本語の表記体系でルビを振るのにはあまり賛成しないのですが、大まかな目安として補助的に使う分には有効なこともあるんじゃないかなと思います。発音の説明がそれだけだったらかなり心配ですが、本書の場合、正しい発音についてのちゃんとした解説もついているわけですしね。
本の内容に即した音源付き
発「音」学習というからには、ネイティブスピーカーによる音源は必要不可欠です。黙って発音記号とその解説を目で追っているだけでは、いくら解説がわかりやすくても実際の発音能力は身につきません。耳で聴いて、それを口に出して真似てはじめて、本当の意味で発音を学ぶことができます。
そんな需要もしっかり満たしているのが本書。専用ウェブサイトのURLが掲載されているページがあるので、そのURLをブラウザに入力してアクセスすれば本書の内容に即した英語ネイティブスピーカーによる音源がダウンロードできます。ただしパソコンからしかできないのでご注意を!
『発音記号キャラ辞典』のココが気になる……。
誤植が多い
「発音記号キャラ辞典」
誤植箇所、最終版です。校正漏れが多く申し訳ございません。。。
重要な件は黄色でハイライトしていますので、特にご注意いただいると幸いです。
よろしくお願いします!
質問等、自由に受け付けておりますのでなんでも遠慮なく! pic.twitter.com/9yJX1Nrl0W— Dacci@Dæʧi (@DacciTheChopper) February 3, 2019
作者さんがツイッターでおっしゃっている通り、発音記号の間違いや単語のスペルミスなど学習するうえで支障となる誤植が多いです。間違ったまま覚えてしまっては困るので、この表を都度参照しながら訂正しましょう。
音の印象の解説がかえってわかりにくい
親しみやすさが売りの本書。発音記号の音の客観的な解説に加えて、主観的な印象についても説明されています。例えばこれまた多くの日本人が苦戦する/æ/の音。”cat” /kæt/ などに見られますね。この音について本書では、「アとエのハーフ」、「『え』成分多めの『あ』」といった説明がなされており、非常に具体的でわかりやすいし的を射ていると感動したのですが、その後に続く「鋭い音」という説明で混乱してしまいました。というのも、その後に続く/ʌ/の音の説明にも「鋭い」という言葉が使われており、結局何をもって「鋭い」としているのかわからなくなってしまったためです。最初2つの説明だけで十分わかりやすいのだからそれだけで良かったのに……、とちょっと不満に思ってしまったのでした。
厳密に言うと違う説明がちらほら
先ほど書いたように全体として正確さのレベルが高く、「母音は舌を使わずに発音する」の類の致命的に間違えた解説はないのですが、厳密に言うと正しくはない説明がちらほら見受けられます。
たとえば、”sheep” /ʃi:p/ と”ship” /ʃɪp/にあるような、/i:/と/ɪ/の違いについての解説。/i:/は長母音で/ɪ/は短母音、と書かれていますが、実際には日本語の「おじさん」と「おじいさん」のような長短の違いではなくて、「貝」と「鯉」のような母音の音質の違いです。短母音の/i/だってありますからね。“create” /krieɪt/ とか。そもそも日本語と違って英語には母音の長短で単語を区別するという概念がありません。
あと、日本語の「う」は後母音、つまり舌の一番後ろの部分を盛り上げて発音する母音であると説明されていますが、実際にはそれより少し前寄りに発音されます。英語の/u/の発音の解説として、本書も然りですが、「唇を丸める」ということにばかり着眼点が置かれていることが非常に多いです。しかし、日本語の「う」の舌の位置のまま唇だけ丸めても、それより後ろで発音される英語の/u/の音にはなりません。実際には、同時に舌を後ろに引くことも意識しないといけないのです。日本人の/u/の音がなかなかキマらないのも、この舌の位置に無頓着な人が多いからなのです。
まあそれでも全くのデタラメではありませんし、本書に準じて発音練習をすればかなりレベルの高い、通じる英語の習得が期待できますので、このくらいのことはそれほど気にすることでもないでしょう。
まとめ
わかりやすさ: ★★★★★
面白さ: ★★★★★
正確さ: ★★★☆☆
総合的評価: ★★★★☆
・英語の発音に苦手意識を持っている人
・文字と専門用語ばかりの堅苦しい指南書に飽き飽きした人
・楽しく直感的に英語の発音を学びたい人
『発音記号キャラ辞典』で、レッツ英語「楽」習!
コメント