差別と風刺はどう違う?ポメラニアンのコロちゃん炎上に寄せて

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こんにちは。りーざです。

いつの時代もブラックユーモアは人気ですよね。芸能人だと有吉さんやマツコデラックスさんが「毒舌キャラ」として絶大な支持を得ています。彼らの歯に衣着せぬ痛快な物言いは笑いや共感を生み、しばしばテレビ番組を賑わせています。

これはイラストの世界でも同じようで、可愛らしいキャラに毒を吐かせるタイプのイラストが大ウケしています。その代表格ともいえるのが、イラストレータのタキオちゃん氏によるポメラニアンのコロちゃん可愛らしいポメラニアンが恐ろしい顔をしたり平然とエグいことを言ったりする芸風が特徴です。よくリツイートで流れてきたので私もそのうちのいくつかは目にしたことがありますし、「トムヤムクンヌードルの汁が目に入って悶絶するポメラニアン」とか「仕事帰りに立ち寄ったスーパーマーケットの店内BGMが頭から離れず眠れないポメラニアン」とかの、あるあるネタと物凄い形相のポメラニアンを組み合わせた作品には正直クスッときました。著作権の問題があるので画像は直接載せませんが、トムヤムクンのやつはここの一番上に出てきます。

このように、日常の中の様々な出来事を面白おかしく描くことで見る人に笑いを提供できるのが漫画、イラストの持つ素晴らしい力です。しかし、絶対に笑いの対象にしてはいけないものは世の中に確実に存在し、ひとたびそれを題材にしてしまっては表現者としての格は地に落ちてしまいます。これは、漫画界の大先生、手塚治虫氏がご自身の著作『マンガの描き方』でおっしゃっていたことにも通じます。以下、引用します。

しかし、漫画を描くうえで、これだけは絶対に守らねばならぬことがある。

それは、基本的人権だ。

どんなに痛烈な、どぎつい問題を漫画で訴えてもいいのだが、基本的人権だけは、断じて茶化してはならない。

それは、

一、戦争や災害の犠牲者をからかうようなこと。

一、特定の職業を見くだすようなこと。

一、民族や、国民、そして大衆をばかにするようなこと。

この三つだけは、どんな場合にどんな漫画を描こうと、かならず守ってもらいたい。

これは、プロと、アマチュアと、はじめて漫画を描く人とを問わずである。

これをおかすような漫画がもしあったときは、描き手側からも、読者からも、注意しあうようにしたいものです。

この原則—仮に「漫画家べからず三原則」とでもしておきましょう—を踏まえて、ポメラニアンのコロちゃん炎上問題を紐解いていくと、作者のタキオちゃん氏は表現者としての禁則事項をフルコンプリートしていることがわかります。

追記:「日本女性の存在自体が害である」との素晴らしいご意見をご丁寧にも長文でコメントしてくださった方がいらっしゃいましたが、全く論旨が通っていないうえにただご自身の差別的な価値観をひけらかしたいだけの中傷に等しいものだったので削除させていただきました。その類のコメントは邪魔になるだけですし、議論しようとするだけ時間の無駄なので私は一切反応しませんし同じように削除させていただきます。ご了承ください。私はケンカがしたいのではありません。議論がしたいのです。

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ポメラニアンのコロちゃん炎上の経緯

外国人ヘイト絵

以下のまとめが全部説明しているのですが、最近投稿された作品が生活保護受給者や在日韓国・朝鮮人を揶揄する表現を含んでいたのがことの発端でした。

そればかりか、過去にも韓国人や中国人などの外国人を卑下し罵倒する発言、いわゆるヘイトスピーチをTwitter上で繰り返していたことが判明し、根っからの差別主義思想の持ち主であることがわかってしまいました。これでは「ついうっかり」とか「やりすぎた」という言い逃れなどもはや通用しません。何の説得力もない。「漫画家べからず三原則」の三つ目「民族や国民、そして大衆をバカにするべからず」に見事に違反しております。

むき出しのミソジニー・女性差別

※ミソジニー(misogyny):女性を敵視、蔑視する思想

外国人差別の他にもひどいのが女性差別。悪意に満ちた画風で描かれた女性のイラストに、「これは〇〇しているブス」だの「これは〇〇なババア」だのの説明をつけた作品を大量に投稿し、恐ろしい話なのですがかなりの人気を得ていました。そして発掘された、引用するのもおぞましいような下品、下劣極まりない女性蔑視発言のオンパレードな過去ツイート。「あえて炎上狙いで過激なネタを描いた」とかではなく、彼自身がミソジニー思想に染まっていると考えざるを得ません。それが如実に表れているのは、あれだけいろんな属性の人をバカにしておきながら、男性を揶揄するようなイラストは一切ないということ。「いい歳してモテず、未成年アイドルに入れ込むハゲでデブのおっさん」をコロちゃんが嘲笑うイラストは1枚だけあったのですが、その肝心の「ハゲでデブのおっさん」の姿は見えないのです。あなたがいつも「ブス」や「ババア」にしているように、「ハゲでデブのおっさん」とやらも「皮肉たっぷり(笑)」のイラストにしてみてはどうです?と言いたいです。いや、本当はダメですけどね。要するに、相手を選んでるんですよ。「男性である」という優位性、安全圏から、立場の低い女性になら何を言ってもいいとサンドバッグにして、暴言の限りを尽くしているわけです。言葉の暴力ですよ。んでもって男性は高められるべき存在だと思ってる。女性として本当に許しがたいです。表現活動を女性への暴力に利用するな。

それ以外にも、障害者差別発言も目立っていたことが知られています。こちらもあまりにも下劣なので引用したくもないです。もうどうしようもありません。

ポメラニアンのコロちゃんは風刺画?

タキオちゃん氏ならびにポメラニアンのコロちゃん擁護派の意見にざっと目を通してみると、「タキオちゃん氏の作品は断じてヘイトスピーチなどではない、風刺画だ」という趣旨のものが非常に多いです。曰く、社会問題をちょっぴりブラックな画風で皮肉っているだけではないか、と。風刺と差別の違いについてはしばしば問題になり、どこからが超えちゃいけないラインなのか、などがよく議論されていますね。

フランスのシャルリーエブド紙がイスラム教の最高神ムハンマドを揶揄する「風刺画」を描いた結果、イスラム教徒からの報復として新聞社が爆破された「シャルリーエブド事件」も記憶に新しいでしょう。この新聞社、それ以外にもイタリア地震の被害者福島原発事故に関する「風刺画」を描き批判を浴びています(リンク先に画像あり)。

タキオちゃん氏の作品もカテゴリーとしてはこれらの「自称」風刺画に当てはまる、つまり、真の風刺ではなく単なる悪趣味なからかい差別の助長でしかないと思うのです。

風刺と差別の違いとしてよく言われるのは、「風刺は弱者が強者をおちょくる行為、差別は強者が弱者をいたぶる行為」ということです。世界史の授業で習ったり、新聞に載っていたりする風刺画は、世相や政治家の言動をコミカルな絵に例えたり、表したりしていますよね。政治家は国を動かす圧倒的権力を持っていますし、世相とはままならないものです。つまり、政治家や世相は我々小市民の力の及ばないところにいる強者なわけなのです。民間での偉い人、例えば大企業の社長や億万長者の権力も、国の仕組みをつくる政治家あってこそです。政治家がいなくなれば、政府がなくなることで会社もお金の概念も一気に崩壊し、よって彼らも一瞬でその地位を失います。言い換えれば、政治家は小市民の生活の制裁与奪を握っているという、ある種の安全圏にいるのです。

風刺とは、安全圏にいる強者を、力が及ばないのを承知でなんとか笑い者にしてやろうと弱者が奮闘するところに誕生するのです。この力関係が逆転すれば、それは断じて風刺などではなく、ヘイトスピーチに転じてしまいます。日本人である、男性である、健常者である、無被災であるという安全圏から、その安全圏の恩恵にあずかることのできない外国人、女性、障害者、被災者をあらゆる表現でバカにしたなら、それはもうれっきとした差別ヘイトスピーチなのです。弱者⇄強者という力関係が、弱者←強者の方向に一方的に働いているわけですから。

結論としては、ポメラニアンのコロちゃんはとても風刺画とは言い難いのではないか、というのが私の意見なのですがいかがでしょう。

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